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和歌山駅に停車中の165系。
3両編成でこれから御坊へ向かって出発です。
(2002/02/11 和歌山駅) |
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新大阪駅に停車中の165系。
つい最近までは新宮まで運転されていましたが、現在は紀伊田辺止まりとなり、実質、和歌山方面への最終電車となってしまいました。
(2002/03/13 新大阪駅) |
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165系の行き先幕です。
JR西日本では少なくなってきている白地/黒字の幕となっています。
この表示ももう見られなくなります…
(2002/03/13 新大阪駅) |
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165系の車内。
デッキ付きで、昔ながらのボックスシートが並びます。
(2002/03/13 新大阪駅停車中) |
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各座席には小さなテーブルが設置されています。
また、テーブル下には栓抜きもついています。
長距離列車としての名残が残っている設備ですね。
(2001/12/26 新大阪駅停車中) |
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天王寺駅の様子です。
紀伊以降へは最終電車となるため、車内は大変な混雑となります。
同じく165系を使用している東海道線の「臨時大垣夜行」のピーク時といい勝負です。
(2002/03/13 天王寺駅) |
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定期運用としては最終日(といっても本当の最終運転は翌日の朝ですが…)の新大阪駅の様子です。
当日は、大勢のファンが詰め掛けていました。
駅員氏も増員されたようで、ホームの整理に大忙しの様子です。
(2002/03/22 新大阪駅) |
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最終日の編成は、(←紀伊田辺)F302+F301(新大阪→)の編成でした。
(2002/03/22 新大阪駅) |
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同日の天王寺駅です。
この日は新大阪からの乗客が大半を占めており、天王寺からの乗客は比較的少なかったです。
(写真を見る限り説得力が無いように思われますが、2つ上の写真と比べるとデッキにも余裕がありました)
(2002/03/22 新大阪駅) |
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165系の後任となったのは、奈良電車区所属の221系でした。
前4両は紀伊田辺行き、後ろ4両は和歌山止まりとなります。
編成が長くなり両数も増強されましたが、夜行のイメージはかなり薄れてしまいました。
しかし、和歌山方面の帰宅客のことを考えると、これも致し方ないのかもしれません。
(種別表示はご愛嬌)
(2002/03/23 新大阪駅) |
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最終運転の翌日、今までの功績をたたえ「ありがとう165系号」が白浜→天王寺間で運転されました。
きのくに線ではこれが最後の運用となります。改札口の表示は「臨時」となっていました。
(2002/03/24 白浜駅) |
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当日はヘッドマークも取り付けられました。
この日の「ありがとう〜」の編成は、(←白浜)F302+F303(天王寺→)の編成です。
(2002/03/24 白浜駅) |
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白浜駅のホームに入線したあと、出発式が行われ、白浜駅駅長と一般公募による親子連によるテープカットが行われました。
また、この日は和歌山列車区の区長・副区長も駆けつけました。
(2002/03/24 白浜駅) |
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号車プレートの所には、オリジナルのサボも取り付けられています。
(2002/03/24 白浜駅) |
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前面野行き先幕は「臨時」、列車番号はは2429Mでした。
(2002/03/24 白浜駅) |
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この165系(日根野列車区)にはトイレが2ヶ所ついていますが、和歌山方のトイレは使用中止になっています。
なお、この前にある洗面室については使用可能でした。
(2002/03/24 白浜駅) |
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(見難い写真ですみません)白浜駅出発直後にはテレビ局の取材班が乗り込んできました。
私が見ただけでも3局(NHK・朝日放送・よみうりテレビ)来ていました。
また、この数日前には夕方のニュースで165系の特集が放送され、関心の高さがうかがえます。
(2002/03/24 白浜〜朝来間) |
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車内改札の風景です。
指定席券と乗車券チェックのあと、記念乗車証を渡していました。
この後、和歌山支社の方が、オリジナルオレンジカードの発売も行っていました。
(2002/03/24 岩代〜切目間) |
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乗車証明書です。
「ありがとう〜」に乗車した人全員に配られました。 |
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乗車証明書(裏面)です。
当日のダイヤと165系の解説が記されています。 |
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白浜駅で発車前に乗務員氏に贈られた花が後部に置かれていました。
この花は車外からも結構目立つ存在だったそうで、「さよなら運転」にふさわしいアイテムとなっています。
(2002/03/24 165系車内) |
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箕島駅到着です。
ここでは特急「くろしお18号」退避のために5分ほどの停車となります。
「くろしお」到着前には新宮方面行きホームに新しく塗り替えられた117系が入線しています。
きのくに線の新旧交代を目の当たりにした風景でした。
(2002/03/24 箕島駅) |
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箕島駅で道を譲られる特急「くろしお18号」と譲る「ありがとう〜」
しかし、白線外や危険場所から撮影している人もおり、同じファンとしては違った意味で残念でなりません。
(2002/03/24 箕島駅) |
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その後は海南・和歌山・鳳(鳳は関空特急「はるか」退避のための運転停車)と停車し、終点の天王寺に向かいます。
この時間大阪では通り雨があったらしく、浅香駅付近では虹もかかってました。
大和川堤防付近を見ると多くのファンが…
(2002/03/24 浅香〜杉本町間) |
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天王寺到着です。
白浜からの3時間はあっという間で、ホームには大勢のファンが駆けつけました。
この時間帯ではほとんど列車が来ない1番ホームが輝いていた時間です。
(2002/03/24 天王寺駅) |
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「ありがとう〜」の運用を終え日根野に戻る165系です。
ヘッドマークはそのまま装着されています。
阪和線沿線の天王寺方面行きのホームはどこの駅も賑わっていたのではないでしょうか。
(2002/03/24 南田辺駅) |
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「ありがとう〜」の運転から一週間後には「急行 鷲羽(わしゅう)」号として、新大阪〜宇野間を一往復しました。
一般列車としては本当に最後の運転となります。
前面には急行型ではおなじみのヘッドマークが取り付けられ、最後の花道を飾りました。
ちなみに、この日の編成は(←宇野)F302+F303(→新大阪)と「ありがとう〜」と同じ編成で、列車番号は宇野行き9313M、新大阪行き9314Mでした。
(2002/03/30 大阪駅) |